2024
12.06

医師が正しく情報を伝えるためのポイントとは―田近亜蘭・京都大学大学院准教授に聞く◆Vol.2

PODCASTネタ

情報源: 医療維新 | m3.com

――臨床現場で、実際に「正しいとはいえない医療情報」の問題に直面したことはありますか。

一番わかりやすい例だと、治療中に妊娠した患者さんから「抗うつ薬を飲むのをやめたい」と相談されることがあります。もちろんケースバイケースですが、一般論として「(最新のエビデンスとしては)飲んでも大丈夫です、リスクは高くないですよ」と説明するのですが、「すぐにストップしなきゃいけないのでは」と思い込んでいる患者さんは多いですね。特に根拠があるわけではなく、昔からそう言われているからなのだと思います。

――そうした状況に置かれた場合、患者さんにどう説明するのですか。

最近は患者さんと情報共有して、どういった診療にするのか一緒に決めていくという「SDM(共同意思決定)」という言葉が浸透しています。例えば抗うつ薬ですと、「一生続けなきゃいけないのか、急にやめていいのか」と両極端な相談を患者さんから受けることが多いです。実際のところはどちらにもリスクはあるので、それぞれのリスクとベネフィットを比較することになりますし、さらには頻回にうつ症状を繰り返している場合と、初めてうつになった場合とでは状況が全く違います。そうしたことも踏まえた上で相談しながら決めていきます。

――患者さんに説明する上でのポイントはありますか。

抗うつ薬についてはパンフレットを作成したことがあり、これは効果があると思います。薬を続ける場合、続けなかった場合の再発の割合や、医学的根拠の概要をまとめたものです。

どの診療科でも、患者さんからよく聞かれること、または相談して決めなければならないことはある程度絞られると思います。そうしたものについては、あらかじめデータや根拠を書き記したパンフレットのようなものを用意しておくと、話し合いがスムーズに進むのでお勧めしたいですね。

ただ、実際にはそうしたものが100%その患者さんに当てはまるということは基本的にはないので、やはり最後は丁寧なやり取りが重要になります。

――本の第8章以降では、「診療ガイドライン」や「コクラン・ライブラリー」など、一般の方が「確かな医療情報」を得るための方法を解説されています。こうした調べ方を患者さんに共有することも効果的なのでしょうか。

すごく良いと思います。こうした調べる手段を本で解説したのは、やはり自身で正しい情報にたどり着ける術を身に付けることが重要だと考えているからです。医者と患者とのコミュニケーションもより円滑になるのではないでしょうか。

――患者さんと接すること以外にも、現代では医師がSNSやホームページなどで直接情報を発信することも多いです。その際に気を付けるべきことはありますか。

患者さんへの説明も同じですが、受け手側が情報の出所を辿れるようにしておくことを常に心がけることが必須です。研究で日本の新聞を調べた際、世に出た論文について書かれた記事なのにタイトルもURLもないので、後々見たときにどの論文の記事なのか分からないものも多くありました。

出典を明記し誰が見ても情報源を確認できるようにすることによって、信頼性も生まれるし、誤った情報を発信してしまう可能性が小さくなります。単に面白いだけの情報を発信しづらくなるので、よいブレーキになるのではないでしょうか。

――第11章「医療情報の『見極め方』と『誤りを信じ込む心理』」で、そうした「情報」を受けた人の考え方が偏ってしまう理由を医学や心理学の視点を含め解説されています。

医療や健康情報にかかわらず、人が情報を得た際の「受け取りかた」には違いがあります。その受け取りかたでよく知られている「認知バイアス」には、一つのことが優れていると全てが優れていると思い込む心理「ハロー効果」、最初に見た数字やデータを基準(アンカー)として記憶し判断に重要視する心理「アンカリング効果」、繰り返し同じニュースなどの情報に接しているとエビデンスが不明なままでも真実だと錯覚する心理「真実性錯覚効果」など様々な現象があります。

また、こうした心理を利用した「マーケティング心理学」があり、購買意欲を向上させるための広告のテクニックがあるのです。さらに、医療においては自分や家族が病気で落ち込んでいる時や不安が強い時は、日頃より影響を受けやすいです。「自分もこうした心理効果を持ち合わせている」と自覚しておくことが適切な情報の選択のために必要であることを解説しています。

世の中に怪しげな情報があふれていて、分かりやすく面白い情報が拡散されやすい時代ですが、真実は白か黒かの間の「グレー」という分かりやすくもなく、面白くないところにあることがほとんどです。だからこそグレーの部分をきちんと理解、説明することが求められています。一般の方に向けても本で呼び掛けましたが、医療従事者としてはより気を付けていきたい点だと思っています。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。