09.10
メンタルヘルスに初めて踏み込んだ厚生労働白書をさらに読み解く:日経メディカル
2024年8月27日、厚生労働省は令和6年度厚生労働白書を公表。第1部では、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」と題し、厚生労働白書としては初めて、こころの健康について論じた。メンタルヘルスに影響を及ぼすものとして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行やパワ…
情報源: メンタルヘルスに初めて踏み込んだ厚生労働白書をさらに読み解く:日経メディカル
厚生労働省は2024年8月27日、令和6年度厚生労働白書を公表した。第1部では、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」と題し、厚生労働白書としては初めてメンタルヘルスについて論じたのが特徴的。本文中ではメンタルヘルスに影響を及ぼすものとして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行やパワーハラスメント(パワハラ)などの職場環境の問題、SNSやインターネットに代表される急速なデジタル化などを取り上げた。日経メディカル Onlineでは、こうした問題とメンタルヘルスの関連について、これまで様々な専門家に取材している。公開記事を参照しながら、本白書で提示されたメンタルヘルスの課題を解説する。
本邦における精神疾患の患者数は増加している。厚労省の「患者調査」によれば、2020年における精神疾患の外来患者数(推計値)は586.1万人と過去最多となった(図1)。なお、2017年は389.1万人だったが推計方法が異なっている(2017年までは平均診療間隔31日以上を除外、2020年からは99日以上を除外して総患者数を推計)。

図1 精神疾患を有する外来患者数の推移(疾患別内訳)(出典:令和6年度厚生労働白書、図2も)
厚労省「患者調査」に基づき、同省社会・援護局障害保健福祉部が作成
精神疾患の外来患者を疾患別に見ると、うつ病などの気分(感情)障害が169.3万人と最も多く、適応障害を含む神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害が123.7万人、認知症(アルツハイマー病)が74.3万人、統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害が73.7万人、てんかんが41.3万人、認知症(血管性など)が18.6万人、精神作用物質使用による精神および行動の障害が7.8万人、その他の精神および行動の障害が78.9万人だった。年代別では75歳以上が136.2万人と最多で、45~54歳が98万人、0~24歳が約79万人だった。
近年、メンタルヘルスに大きな影響を与えた社会現象として、COVID-19の流行がある。本白書では、COVID-19流行下におけるメンタルヘルスの変化を解説。2022年10月に厚労省が行った調査によれば、COVID-19の流行前と調査時とを比べて、環境の変化や学生生活、進路、就職活動についての不安・ストレスが増加したと答えた人が約半数を占めており、とりわけ若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていたとしている(厚労省「新型コロナウイルス感染症流行下におけるメンタルヘルスに関する相談対応」)。同調査では、オミクロン株の流行下だった2022年1~3月(第6波)と7~8月(第7波)に、その前後の調査期間よりもメンタルヘルスの不調を訴える人の割合が高く、また男性よりも女性の方がメンタルヘルスの不調を訴える割合が高かったという結果も出ている。
日経メディカル Onlineでも、COVID-19の流行とメンタルヘルスの関連を調査した研究を取り上げている。九州大学大学院医学研究院精神病態医学の中尾智博氏らの研究では、DPCデータを用い、福岡県内の総合病院の入院患者やホテル療養者を対象に、COVID-19と身体疾患、精神疾患の併発状況を調査した(関連記事:コロナ罹患者、不眠、うつ、不安が生じやすい)。COVID-19の感染による入院患者は、対照とした急性気道感染症による入院患者に比べて睡眠薬や抗うつ薬の使用率が有意に高く、ホテル療養者では不安を訴える人が多いなどの結果が得られた。
また、COVID-19流行下における自殺の増加には、性別や業種も関係する(関連記事:コロナ禍の自殺、女性では宿泊・飲食業で増加)。情報システム研究機構統計数理研究所特任准教授の岡壇氏らによると、男性では製造業、女性では宿泊・飲食業の就労者で自殺者が増加したことが明らかになっている。こうした研究を応用し、今後起こり得る新興感染症の流行時に、特定の業種について集中的な対応を取るなどの対策も選択肢になる。
精神障害の労災認定が過去最多、パラハラが最も多く
ライフステージごとのイベントとメンタルヘルスの関係も解説された。青年期や壮年期、中年期では、妊娠や出産、仕事や育児、家族の介護といった様々なイベントがあり、メンタルヘルスに影響する。特に、仕事がメンタルヘルスに与える影響は大きい。厚労省による2022年の「労働安全衛生調査(実態調査)」の結果では、仕事に関連した強い不安や悩み、ストレスを抱えている労働者の割合は82.2%だった(2021年は53.3%だったが、2022年以降の調査方法と異なるため直接比較はできない)。
近年、幸福度が高い就労環境で働く「ウェルビーイング」という考えが一般企業に浸透し始め、一部の医療機関でも取り入れられている(関連記事:医療者が“幸せ”じゃないと医療事故が増える?)。ウェルビーイングとは「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」と厚労省が2019年に公表した「雇用政策研究会報告書」の中で定義されており、これは医療従事者にとっても大切な考え方だ。記事中では、ウェルビーイングが達成されないことで生じ得る医療現場での問題などが解説されており、医療の質低下、医療事故増加などにより、ひいては患者の不利益にもつながるとしている。医療現場は一般の職場に比べ、バーンアウトのリスクが高く、ウェルビーイングの確保がバーンアウトのリスク低減につながるという。
仕事では対人関係のトラブルが起きることもある。2022年における都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に寄せられたパワハラの相談件数は5万840件と、2021年度の2万3366件に比べ倍増した。これは2022年4月の改正労働施策総合推進法の全面施行に伴い、前年度まで計上されなかった中小企業におけるパワハラに関する相談も集計したことが要因の一つと考えられるが、メンタルヘルスに悪影響を与えるリスクとしてパワハラに対する認識も高まっているようだ。精神障害の原因が仕事にあると認定され、労災保険が給付された件数を見ると、2022年度は710件と過去最多になった。その要因は「上司などから、身体的攻撃、精神的攻撃などのパワハラを受けた」が147件で最も多かった。
パワハラと指導を分ける判断は難しいが、医療機関側弁護士の経験が豊富な桑原博道氏による解説が参考になる(関連記事:「指導」とパワハラを分ける4つのポイント)。医療機関で実際に起きた事例を基に、例えば「指導の対象を『人』に向ける」など、パワハラに該当する可能性が高まる言動を具体的に紹介している。また、社会保険労務士の服部英治氏が解説する診療所におけるパワハラ対策も、医療従事者の労働環境を考える上で参考になる(関連記事:診療所でのパワハラ、実態と効果的な対策は?)。
SNSも現代社会の課題に
現代社会では、インターネットやSNSもメンタルヘルスに影響を及ぼす大きな要因だ。2022年度には、20歳代を除いた全年代で、SNSの利用が2021年度よりも増加した。他人とつながりやすくなってきている一方、孤独感を抱えた人も増えてきているという。
近年、注目されている若年者の一般用医薬品(OTC薬)の過量服用(オーバードーズ)も孤独感が背景にある。埼玉医科大学病院臨床中毒センター長の上條吉人氏の調査によると、OTC薬の過量服用の目的は、「逃避」「精神的苦痛からの解放」「リラックス」など、自殺や自傷以外のものが多かったという(関連記事:救急搬送される市販薬の過量服用者「自殺リスク高く、心のケア必要」)。また、インターネットやSNSを通じた大麻などの禁止薬物やOTC薬の不正入手が広がっている。上條氏によると、OTC薬の過量服用で救急医療機関を受診した患者のうち、インターネットを通じてOTC薬を入手した患者は15.3%だったという。デジタル社会においては、SNSなどが薬物依存を深めるツールの一つとなっている認識も必要である。
日本の自殺者数は2010年以降減少していたものの、2020年から増加に転じ、2023年は前年度からやや減少するもほぼ横ばいで2万1881人だった(図2)。この背景にはCOVID-19の流行があると考えられている。自殺予防学会理事長の張賢徳氏によると、COVID-19の流行やライフイベントといったストレスイベントが起きたときに周囲のサポートが不足するとうつ病が生じやすくなり、自殺に至るプロセスが加速するという(関連記事:自殺者の9割に精神疾患、だからこそ介入が必要)。

図2 自殺者数の年次推移
厚労省・警察庁「令和5年中における自殺の状況」
また、小中高生の自殺者数も増加傾向にあり、2022年には514人と過去最多となった。東京大学大学院医学系研究科臨床神経精神医学講座の宇野晃人氏らの研究により、思春期児童において「持続する引きこもり症状(引きこもる、内気、ひとりを好む、活動的でないなど)」と「増加する身体不調(身体的な病気がないものの痛み、疲労感、吐き気などの不調が生じること)」がそれぞれ独立に希死念慮と関係することが報告された(関連記事:引きこもり症状持続と身体不調増加が希死念慮と関係)。これらの症状がある場合には、適切な支援につなぐことが思春期児童の自殺予防につながる可能性がある。
メンタルヘルスが厚生労働白書のテーマとして初めて取り上げられたのは、国が対策を強化していることの表れだと言えるだろう。2022年度診療報酬改定では、かかりつけ医による自殺対策を評価する項目として「こころの連携指導料」が新設された(関連記事:かかりつけ医が取り組む自殺予防、診療報酬の評価も)。また、2024年度には情報通信機器を用いて精神療法を行った場合の評価も設けられており、精神科領域における医療提供体制の構築に期待が寄せられている(関連記事:【オンライン診療】CPAPや生活習慣病の管理、精神療法などで新たな評価)。精神疾患を有する外来患者や小中高生の自殺の増加など、メンタルヘルスを巡る状況は差し迫っており、さらなる対策が求められる。
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