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誰も説明できない「マイナ保険証はなぜ必要か?」、それでも必要だと断言するワケ 【StraightTalk】マイナ保険証に始まる医療DXは子・孫世代にも利益が還元される(1/5) | JBpress (ジェイビープレス)
その一環として、国民と全国の医療施設の情報をプラットフォーム上で統合する医療DX基盤の構築に着手しています。この基盤構築にマイナ保険証は必要不可欠なので、国は全国民のマイナ保険証の(1/5)
誰も説明できない「マイナ保険証はなぜ必要か?」、それでも必要だと断言するワケ



2024年12月2日をもって現行の健康保険証の新規発行が停止され、健康保険証の機能はマイナ保険証へ一本化される。一方で、国民のマイナ保険証の利用率は高くはない。医療機関窓口での端末トラブル報告も多い。
マイナ保険証は本当に必要なのか、現行の健康保険証との共存はできないのか──。中島直樹氏(九州大学大学院医学研究院医療情報学講座教授)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──なぜ現行の健康保険証の新規発行を停止してまで、日本政府は保険証のデジタル化を急ぐのでしょうか。
中島直樹氏(以下、中島):日本政府は、今まさに医療DX政策を推進しているところです。
その一環として、国民と全国の医療施設の情報をプラットフォーム上で統合する医療DX基盤の構築に着手しています。この基盤構築にマイナ保険証は必要不可欠なので、国は全国民のマイナ保険証の取得、利用を期待しています。
──マイナ保険証への一本化は、国民からあまり支持されていない印象があります。
中島:2024年9月に実施されたアンケート(※)では、45%がマイナ保険証への完全移行に反対しています。賛成しているのは、たった13%です。
(※)調査機関『しゅふJOB総研』(運営会社:株式会社ビースタイル ホールディングス)の調査結果より
ただ、医療DX政策そのものはDXではないと私は常々思っています。現在、政府が推し進めている医療DX政策は「DXのための基盤づくり」です。基盤づくりには、反対がつきものです。
電線について考えてみましょう。電線は、電気という公共インフラのための基盤です。電線がなければ配電できないため、電化製品を使うことはできません。
昭和初期に電線が基盤として整備されたとき、どのようなことが起こったか。「高い棒が立って邪魔だ」「長い線がぶら下がっているけれども、何の役に立つのだ」と人々は思ったことでしょう。スマートフォンやパソコンはおろか、テレビも冷蔵庫もない時代です。
当時、政府ができた説明は「電気があると生活が便利になるらしい」「夜でも部屋の中を明るくできるらしい」という程度だったのではないかと思います。当然、「うちにはランプがあるから電気なんていらない」という人も出てきます。
このように新しい基盤は、サービスや商品に先行して構築されていきます。つまり、基盤を構築している最中は、その基盤が何のためのものなのかを具体的に説明することはできません。結果、多くの人が納得できないまま基盤構築だけがされてしまう。
現在も、全く同じことが起こっています。
マイナ保険証反対派が見落としている視点
中島:医療機関や薬局は、2023年1月から電子処方箋の導入を順次開始しました。でも、「紙の処方箋があるから電子処方箋は必要ない」と思っている人が大多数を占めているのではないでしょうか。マイナ保険証に対しても「紙の保険証で困っていないからいらない」という状態だと思います。
これは、現時点で「本当の医療DX」を完全に想像できる人が、この世に存在していないために起こります。
でも、医療DXは「今」起こっているのではありません。「将来」、予想だにしないかたちで起こるのです。したがって、政府が医療DXについてきちんとした説明をすることは難しいでしょう。国民の納得が得られないのも、仕方のないことだとは思います。
けれども、医療DXの基盤構築を「今」進めておくことは非常に重要です。そうすることで、将来、医療や健康サービスの質が向上し、その恩恵を受けられることが確実だからです。
──現行の紙の保険証の新規発行を停止する必要はあるのでしょうか。
中島:これには、少しでも早く医療データをデジタル化し、医療DX基盤をつくらなければという日本政府の焦りが見受けられます。
医療DXは、今や国際競争の時代に突入しつつあります。他国に先んじて医療DXを推し進めなければ、将来的に健康医療にかかわる技術や製品、サービスを海外から輸入することになります。逆に言えば、他国を出し抜けば、輸出する側に立てる、ということです。
医療の世界では、欧米を中心にデジタル化が進んでいる国があり、日本は周回遅れです。ただ、デジタル化はしていても、真の医療DXが起こっている国や地域はまだないと思います。
デジタル化競争では出遅れましたが、何とかここをキャッチアップしてDX競争で巻き返したい。それが日本政府の考えだと思います。
現行の健康保険証の新規発行を停止することが、正しいやり方か否かは、まだわかりません。答え合わせは、10年後、20年後になるでしょう。
──デジタル化とDXは何が違うのでしょうか。
中島:デジタル化は、アナログをただ電子化するだけです。対して、DXは世の中の仕組みを変化させることです。
わかりやすい例は、先行してDXが進んだ小売業でしょう。
医療DXが実現しないと何が起きる?
中島:Amazonや百度(バイドゥ)の登場は、私たちの買い物の仕方をがらりと変えました。それまでの買い物は店頭に行って、限られた商品の中から欲しいものを選び、現金を払って重たい荷物を持って帰ってくるというしんどい作業だったかもしれません。
でも、Amazonや百度(バイドゥ)は、手元のスマートフォンに表示される無限の商品が掲載されたカタログから好きな商品を購入し、それが家まで配送されることを当たり前にしました。
加えて、これまでの購買履歴から、消費者が好みそうな商品を提案してくれるようにまでなり、私たちの生活は大きく変わりました。
デジタル化したデータを利用して、世の中の仕組みを変えることがDXです。
──デジタル化が進まなければ、DXは起こらない、ということでしょうか。
中島:デジタル化は、DXの必要条件です。先ほど説明したように、日本は医療情報のデジタル化が進んでいるとは言い難い状態です。
例として、電子カルテ化率が挙げられます。2020年の調査によると、日本国内の医療施設の電子カルテ利用率は50.2%でした。半分近い医療施設が、紙のカルテを使っているということです。
このような状態では、医療DXは遅々として進みません。電子カルテと同様のことが、マイナ保険証にも言えます。マイナンバーカードを持っている人は多いと思いますが、それを健康保険証として利用している人は、まだそう多くはないと思います。
今後、できる限り多くの医療施設が電子カルテを利用し、できる限り多くの人にマイナ保険証を使っていただきたいと思っています。それにより、医療施設同士が電子カルテ情報共有サービス(※)を通じて、患者様の医療情報を共有することができるようになるからです。
(※)政府が構築中の医療DX基盤の一つ。医療機関間での電子カルテ情報の共有を支援するシステム。このシステムにおいて、マイナ保険証は患者の認証用カードとしての役割を果たす。
ただ、どうしてもマイナ保険証を使わない人、電子カルテを導入しない医療施設に対しては、従来の方法で対応をしなければなりません。
電子処方箋を導入しない薬局に対しては、これまで通り紙の処方箋を発行しなければなりません。電子カルテ情報共有サービスにアクセスしていない医療施設に患者を紹介する際には、紙の診療情報提供書、いわゆる紹介状が必要になります。
今回のような医療DXの基盤を構築するにあたっては、個々人、各医療施設が足並みを揃えることが、どうしても求められるのです。
健康医療サービスの効率化はもちろんですが、データの二次利用という観点からも、医療情報の収集方法を一本化し、医療DX基盤を構築していくことが望ましいと思います。
政府主導の全国医療情報プラットフォーム構想の全体像。マイナポータルに始まり、オンライン資格確認のためのネットワーク基盤、電子処方箋、マイナ保険証の一本化、電子カルテ共有サービスなどの施策から構成されている(提供:中島直樹)
政府主導の全国医療情報プラットフォーム構想の全体像。マイナポータルに始まり、オンライン資格確認のためのネットワーク基盤、電子処方箋、マイナ保険証の一本化、電子カルテ共有サービスなどの施策から構成されている(提供:中島直樹)
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とうの昔から始まっている医療情報の二次利用
──なぜ医療情報の二次利用のために、収集方法を一本化すべきなのでしょうか。
中島:医療情報の二次利用はまだまだ黎明期です。現時点で、医療施設間で患者の医療情報の共有はほとんどされていません。紙カルテのみならず電子カルテで電子化されているデータでさえも、個々の医療施設の中に閉じ込められているような状態です。
実際に、研究テーマによっては、私たちは複数の施設の患者の医療情報を収集し、ビッグデータとして用いることがあります。そのときに苦労するのは、データフォーマットの統一です。個々の病院で保管されている臨床情報の項目に、ばらつきがあるのです。
現在、国が構築している全国医療情報プラットフォームでは、データを流通させるために基本的な医療情報は標準化されます。これにより、医療ビッグデータを用いた研究が進展していくことも期待されます。
──どのような目的で医療情報を二次利用するのでしょうか。
中島:医学を発展させるというのが、第一の目的です。
医学の歴史上、ヒトを対象とした臨床研究では、昔から臨床データを二次利用してきました。これは、紙の保険証の時代どころか公的医療保険がなかった時代から変わりません。明治時代から現在まで、アナログで脈々と受け継がれてきた臨床データの研究の賜物が、今、私たちが受けている最先端医療です。
これを聞くと、紙の保険証でもデータを使った臨床研究はできるだろうと思うかもしれません。でも、先ほど説明したように、データのフォーマットの問題もあります。
さらに、臨床データを電子化して共有化すると、ビッグデータとして使うことが可能になります。ビッグデータを使うことによって臨床研究は飛躍的に進みます。
また、医療情報の二次利用には、医学の発展以外にも影響を及ぼすことが期待されています。介護や健康産業などあらゆる領域に医療はつながっています。
つまり、医療DXの進展はさまざまな産業の発展を促す可能性を有しているのです。もちろん、医療以外の分野では、既に進行中のDXもあります。医療側が、その恩恵を受けることも十分あり得ます。
──臨床データを二次利用した研究事例を教えてください。
医療DXについて国民が理解しておくべきこと
中島:日本の薬剤承認を行う機関でもある独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、2018年からMID-NETという事業を展開しています。
この事業では、日本国内の10の大きな病院グループの電子カルテのデータを用いて、薬の副作用の研究を行っています。現時点で、約800万人の患者のリアルタイムの高品質な臨床情報のデータベースができています。
従来、薬の副作用は気付いた人が自主的に報告する「自発報告」によって、その有無を確認していました。MID-NETでは、薬の副作用が疑われたとき、先ほどの約800万人のデータベースから、その薬を服用した人のデータを抽出します。
そして、その人たちの薬剤服用前後に罹患した病名や検査結果などを調べ、「この薬を服用した後ではこの病名が多くなる」「検査ではこの数値が悪くなる」という顕著な違いの情報が得られれば、薬の副作用が明らかになるという仕組みです。
主治医や患者本人でさえ気付けなかった副作用を、データサイエンスによって発見することができるのです。
──医療情報の二次利用と個人情報保護法の兼ね合いについて教えてください。
中島:もちろん、医療情報の二次利用は、個人情報保護法やその関連法制度に準拠して進めていかなければなりません。
最近では、散在している健診結果やカルテ等の個人の医療情報をつなぎ合わせ、データとしての価値を高めた後に匿名加工(※)し、医療分野での活用を促進することを目的とした次世代医療基盤法が施行されました。
(※)個人情報から個人を選別できる情報を削除したり、情報の粒度を粗くすることで、決して個人が特定できないような情報に加工すること。
個人情報保護法とともに、このような新しい法律と照らし合わせながら、医療情報の二次利用を慎重に、かつ積極的に推進していくべきだと考えています。
──医療DXの推進にあたり、国民が理解しておくべきこと、国民に理解してほしいと思うことがあれば、教えてください。
中島:医療DXの推進は、10年先、20年先に日本が栄えていくか否かを決める重要なポイントです。その中でまず重要なのは医療DX基盤を構築することです。それに必要不可欠な部品の一つがマイナ保険証です。
今、私たちが受けている先進的な医療は、これまでに私たちの親世代、さらにその上の世代の人たちのデータを使って創り出されてきたものです。
私たちの子どもや孫の世代が、将来的に高いレベルの医療を受けるためには、今ある医療情報をどんどん使って医療を発展させていかなければなりません。他国の医療DXが進み医療レベルがどんどん向上していき、日本が医療後進国となってから後悔しても手遅れです。
医療DXは、個人情報保護法やそれに関する新しい法律に準拠して推進しています。「今」だけではなく「将来」の医療にも期待して、マイナ保険証を使っていただきたいと思っています。
関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。
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