2024
09.17

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)は、子どもたちの勉強の仕方や社会との関わりを変えただけではない。眼球の形も変えてしまった。臨床ニュース | m3.com

PODCASTネタ

情報源: 臨床ニュース | m3.com

急増する子どもの近視をどう防ぐか?(前編)

Myopia is booming. What can prevent it?

 

 

Elie Dolgin

 近視を防ぐには屋外で長く過ごすことが最も効果的だが、さまざまな理由により実行するのは難しいことが多く、それ以外の方法も模索されている。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)は、子どもたちの勉強の仕方や社会との関わりを変えただけではない。眼球の形も変えてしまった。

現実の教室や遊び場がリモート授業やデジタル機器に取って代わられるにつれ、子どもたちがモニターやデバイスの画面、近くの物体に集中する時間が急増し、屋外で過ごす時間は急激に減少した。こうした行動変容は、子どもたちのある身体構造に顕著な変化をもたらした。近距離を見る作業に適応して、眼球(眼軸長)が長くなったのだ。

ヨーロッパからアジアまで、さまざまな地域の研究で、子どもの眼の伸長が示されている。香港で行われた調査では、眼球が病的に長い6歳児の割合は、パンデミック以前に比べてほぼ倍増したと報告されている1

眼球が長くなると、眼の奥にある網膜上に映る近くの物体の画像の鮮明度が向上する。逆に遠くの物はぼやけて見え、近視として知られる状態になる。眼鏡を使えば遠くからでも黒板の文字を読んだりすることはできるようになるが、極度の近視は、網膜剥離、黄斑変性症、緑内障、さらには永久失明など、より深刻な合併症を引き起こす可能性がある。

近視の有病率は、COVID-19のパンデミックが始まるかなり前から急増していた。広く引用されている2010年代半ばの予測では、今世紀半ばまでに世界人口の半数が近視になるとされている(「近視有病者数の上昇」の図を参照)。つまり40年足らずで有病率が倍増することになる2。しかし現在では、この憂慮すべき予測は控えめ過ぎたように思えると、アラビンド眼科病院(インド・ティルネルベリ)の小児眼科医Neelam Pawarは言う。「2倍では利きません。3倍にはなると思います」。

SOURCE: REF. 2

 この傾向を止めるための簡単な解決策は、既に研究で指摘されている。眼の構造に変化が起こりやすい小児期に、屋外での活動を増やすことである。東アジアで実施されたランダム化試験では、屋外での休憩時間を毎日約1時間増やすだけで、近視の発生率を著しく減少できることが示されている3,4。しかし、承知のように、学業成績を重視する社会や安全な緑地が少ない都市部では特に、継続して屋外で行動するのは難しい。「子どもたちを屋外に出すのは簡単ではありません」と、クイーンズ大学ベルファスト校(英国)の眼科医で、中国で20年近く働いているNathan Congdonは言う。

そこで、子どもたちを屋外に出すのではなく、「屋外を屋内に取り入れる」方法が研究されている。例えば、ガラス張りの教室、特殊な照明設備、自然をテーマにした壁紙、発光する眼鏡などだ。また、光や薬を使った介入策も模索されている。このような方策は、子どもたちの行動様式、教育システム、育児技術を抜本的に見直す必要はない。

こうしたアプローチの中には有望と思えるものもある。だが、それを試験するとなると障壁がある。屋外の何が近視の予防に役立つのか、完全には分かっていないのだ。臨床試験はまだ予備的なものしかなく、多くの動物実験でも結論は出ていない。カリフォルニア大学バークレー校(米国)の検眼医Christine Wildsoetは、より確実に理解できれば、より良い介入策を開発することができるようになるだろうと話す。「屋外での重要な作用機序が分かれば、それを屋内に取り入れることができるからです」。

近視を防ぐ「停止」シグナル

眼球は、特定の視覚的な合図に反応し、常にその形状を微調整しながら発達する。これらの合図が眼球が短過ぎることを示している場合、ピントを合わせるために眼球は長くなる。逆に眼球が長くなり過ぎると、近視を防ぐために重要な「停止」シグナルを受け取ると思われる。

この停止シグナルの発生源については、近視研究者の間で多くの議論が交わされてきた。近視の動物モデルとしてよく使われているサル、ツパイ、ニワトリの研究では、眼の奥で放出される神経伝達物質ドーパミンが引き金になっている可能性が指摘されている。ドーパミンは、屋外の高い環境光レベルに反応して増加すると考えられている。

しかし、別の説によれば、屋外へ出ることによる近視防護効果は光量とはあまり関係がなく、いつもとは違う視覚環境が網膜上に映すぼやけのパターンに関連している可能性があるという。

屋外で目に入る風景は豊かで質感に富んでおり、通常、非常に遠くから物体を見ていることになるため、その要素は膨大な数の細部が統合されて均一な画像になる。アイルランド眼科研究センター(ダブリン)の小児眼科医Ian Flitcroftは、このピント合わせこそが眼球に成長を止めるように伝えるシグナルだと主張する。「効果的な停止シグナルは、網膜全体に鮮明な画像が映っている状態なのです」。

屋外とは対照的に、屋内空間にはさまざまな距離の物体が乱雑に置かれ、装飾のない平坦な壁に囲まれていることが多い。このような状況では常にピントを調節する必要があり、Flitcroftによれば、健全な眼の発達を調節するために必要な停止シグナルが網膜に届かなくなってしまうという。

屋外に出れば、明るい日差しと広い空間での豊かな視覚体験の両方が得られる。その上、体を動かすことができ、健康増進にもつながるだろう。だが、子どもたちにもっと外に出るよう促しているのは、ごく一部の地域だけである。

2010年、台湾の公衆衛生当局は、毎日最低2時間の屋外活動を奨励する「天天戸外120(毎日120分は屋外で)」というプログラムを導入した。天天戸外120は、台湾で急速に増加していた近視を抑制したと高く評価されている5。高雄長庚(Kaohsiung Chang Gung)記念病院(台湾)の網膜外科医で近視の専門家である呉佩昌(Pei-Chang Wu)がまとめたデータによれば、台湾ではパンデミックの間に近視の症例が多少増加したが、増加幅は東アジアの他の地域で観察されたものよりもかなり小さかった。また天天戸外120による、数学、国語、科学のテストへの悪影響は認められず、生徒の成績は世界でも最高の水準にとどまっていたという。

一部の研究者にとって、この研究が伝えるメッセージは明確だ。オーストラリア国立大学(キャンベラ)で近視を研究しているIan Morganは、「もし各国の政府が教育方針を見直す意欲があれば、屋外で過ごす時間を増やす施策は、大規模な実施が可能で、成功する確率が高いと思います」と話す。

だが、現状、台湾は例外である。近視の割合が世界で最も高いアジアの他の地域では、台湾のような大きな成功は見られておらず、ほとんどの地域では近視を予防する公衆衛生対策よりも治療が優先されている。「今のところ、臨床的介入が重視されているのは確かです」とMorganは言う。

このため多くの眼科専門医が、屋内の環境に屋外の利点を取り入れる回避策を模索している。

多くの戦略の中心となるのは光量だ。中国北東部の小中学生を対象とした2015年の研究によれば、教室に通常より明るい天井照明器具を設置し、黒板の照明も明るくしたところ、1年間で近視有病率が10%からわずか4%まで大幅に低下した6

ガラスと鉄骨を使って学習環境に自然光を多く取り込み、「明るい教室」を作るというアプローチもある。生徒や教師からの評価は高かったが7、このような取り組みを中国南部で主導したCongdonによれば、建設費用が高いことや、さらに2008年の大地震で多数の校舎が倒壊したことを受けて定められた建築基準法の厳格化も相まって、このコンセプトは現実的ではないものになってしまったという。

瞳に光を

モニターを注視する機会が増加している
さまざまなデジタル機器が身の回りに溢れ、子どもたちが屋内で画面に集中する時間が増えている。特にCOVID-19のパンデミックによりその機会がますます増加した結果、パンデミック以前に比べて、眼球が長くなって近視を発症する子どもが急増している。
pratan ounpitipong/Moment/Getty

 別の方法として、眼球に直接、光を照射する試みもある。しかし、どの波長の光が最も効果的か、またその理由については研究者の間でも意見が分かれている。

オーストラリアでは、自然の太陽光スペクトルの一部である青緑色の光を発する特殊な「光療法」眼鏡を使った予備研究が行われている。この眼鏡は、スタートレックに出てくるヴァイザー(VISOR)を連想させる形状をしている。もともと、時差ぼけの解消や睡眠の質の向上のために販売されている眼鏡だが、初期段階ではあるものの、近視にも有効なことが示されている。近視のリスク低減に関連する眼の測定値に、一時的な変化をもたらすことが分かっているのだ。クイーンズランド工科大学(オーストラリア・ブリスベン)の検眼医で、こうした研究の1つ8を主導したScott Readは、長期的な有効性はまだ明らかではないが、「確かに可能性を秘めています」と指摘する。

ドイツのベルリンに本社を置く医療機器メーカーのドーパビジョン社(Dopavision)は、網膜と視神経がつながっている「盲点」という部位に波長の短い青色の光を照射する、バーチャルリアリティー・ヘッドセットを用いた試験を行っている。ウサギでは、この方法によってドーパミンの血中濃度が大幅に上昇することが分かっている。ヒトでも予備的な臨床試験が行われ、この治療が眼球の伸長を抑制する可能性が示されているが、ドーパミンによる効果で説明がつくかもしれない。ヨーロッパでは、子どもたちにビデオゲームをする際にヘッドセットを装着してもらう、より大規模な臨床試験が進行中だ。

近視の進行を調整する重要な因子として、青色よりもさらに短い波長の光の関与を指摘する研究もある。実験室レベルでの研究で、マウス9やニワトリ10の眼に紫色の光を照射すると、近視の進行を遅らせたり防いだりできることが分かったのだ。この考えを検証しようと、慶應義塾大学医学部(東京都新宿区)の眼科医たちは、6~12歳の近視の子どもたちに、紫色の光を照射するフレームを装着した特殊な眼鏡を毎日数時間かけてもらうというランダム化試験を2回行った。しかし、数カ月から数年間にわたってこの眼鏡をかけ続けても、子どもたちの眼球の伸長度にはほとんど影響を与えなかった11

シンシナティ小児病院医療センター(米国オハイオ州)で視覚系を研究している生物学者で、慶應義塾大学の研究チームと以前共同研究を行っていたRichard Langは、眼鏡の効果がなぜ見られなかったのか、その理由は説明できると考えている。慶應義塾大学の研究者たちは、マウスを使った研究に基づいて360~400 nmという波長の光を選んだが、ヒトの眼はその波長域には全く反応しない可能性があるのだ。Langとアラバマ大学バーミンガム校(米国)の生物工学者Rafael Grytzは共同で、マウスよりもヒトに近い視力を持つツパイ(Tupaia belangeri)では、400 nmよりも短い波長の紫色の光にはほとんど反応しないことを発見した。もしヒトの眼も同様であるのなら、慶應義塾大学チームの眼鏡にほとんど効果がなかったのも納得できる。LangとGrytzは、慶應義塾大学が使用した波長よりもわずかに長い420 nmの光を使って、ツパイで紫色の光の保護効果を観察することができた。彼らはヒトでも類似の効果が見られるだろうと予想している。

ツパイでのデータ(未発表)について、「微妙な波長感受性があるのです」とGrytzは話す。「紫色の光がこの問題のカギであり、近視の治療と予防を大きく変えることになるかもしれません」。この可能性を確信しているGrytzは、8歳の娘の近視の進行を防ぐために紫色の光を発するランプを作った。Langとシンシナティ小児病院の彼の同僚たちは、現在進行中のランダム化試験で同様の照明システムを試験している。

後編につづく

(翻訳:藤山与一)

Natureダイジェスト Vol. 21 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240824

原文
A myopia epidemic is sweeping the globe. Here’s how to stop it
Nature(2024-05-30) | DOI: 10.1038/d41586-024-01518-2
Elie Dolgin

参考文献
1. Zhang, X. J. et al. JAMA Netw. Open 6, e234080 (2023).
2. Holden, B. A. et al. Ophthalmology 123, 1036–1042 (2016).
3. He, M. et al. JAMA 314, 1142–1148 (2015).
4. Wu, P.-C. et al. Ophthalmology 125, 1239–1250 (2018).
5. Wu, P.-C. et al. Ophthalmology 127, 1462–1469 (2020).
6 Hua, W.-J. et al. Ophthalmic Physiol. Opt. 35, 252–262 (2015).
7. Zhou, Z. et al. PLoS ONE 12, e0181772 (2017).
8. Read, S. A. et al. Sci. Rep. 8, 8200 (2018).
9. Jiang, X. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 118, e2018840118 (2021).
10. Torii, H. et al. EBioMedicine 15, 210–219 (2017).
11. Mori, K. et al. J. Clin. Med. 10, 5462 (2021).

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