「違憲」の判断。
この裁判が起こる前、数人の弁護士さんから聞かれた。
今の性別変更の手術要件が必須であることに、医師であり、当事者である私がどんな見解を持っているか❓
答えは即答だった。
手術で患者さんの自由意志が侵害された状態、つまり同意が拒否できない要因が強すぎる状態での手術は違法と考えること。唯一、患者さんの自由意志による同意が不要なのは、患者さんの意識の確認が困難で、手術を行わなければ明らかに患者さんの生命が危険になる場合のみ。これは患者さんの生存権の保護が優先されるためで、生命の危険を回避するための以外の手術は、常に、患者さんの自由意志のもとに拒否ができて、そのことで患者さんが不利益を被ることがあってはならない。
ところが性別変更の手術要件が必須であることは、その基準から逸脱している。性別変更を望んだ時、手術をしなければ、性別が変更できないという、手術の同意に必要な自由意志による拒否をしても不利益にはならないという条件を全く満たしていなかった。
性別変更の手術要件が「違憲」というのは当たり前の判断が出たのだと思うけど、大きな問題が残る。
こうなると誰でも自由気ままに性別が変更できてしまうのか❓ということが問題になる、
医師が性別に問題があると診断しても、かなり多くの人につけられている病名でもある。
それと元々、性別の問題は多様性として認めるべきことで、病気ではなく、すでにWHOでは性同一性障害という病名はなく、病気として考えられず、社会が対応すべき事柄となっている。
今回、メディアで性同一性障害の言葉が乱舞したが、そうした世界的な基準もあるのに、そのことすら知らないのか⁇とメディアにも疑問を持った。
WHOは、性の多様性は社会が解決していかないといけないことだと考えている。決して、医師の診断で決めてはいけない。
私はその時の弁護士たちから、
ならば私は性別変更の要件をどう考えるのか⁇と聞かれて、これにも即答だった。
実生活が女性として社会活動を営んでいるのか?それとも男性として営んでいるのか?そこだと思うと答えた。
実際に、社会生活が女性なら女性、男性なら男性として認める。そのためには、フランスなどで実際の婚姻に至るには、それを証明する証人や事実確認が行われる。
私は、社会生活を女性として送っているのか?男性として送っているのか?その事実確認が、性別変更の必須条件だと思う。
ここまでは医師でありトランスジェンダーである当事者としての考えを合わせた意見。
ここからは、医師としてではなく、1人の女性として生きる私の気持ち。やっぱり、他の女性と同じように、女性の体として生まれたかった。普通に女性としての体で生きていたい。
最高裁の判決は、人権を考えれば「違憲」であることが当然で、性別変更手術の強制は認められてはいけないと思うけど、女性なら女性の体で生きたいと思うのは自然なことだと、私は思う。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/c048f1b4ccbb9abc530bdb4939b45aa579238364
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